ともちんの勉強机

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「文系として生きる」


「考え方が文系みたいだね」


思えば、中高生のときに受ける性格診断みたいなやつで、感受性が5点中5点であることが多かった。


高専に入学し、プログラミングやネットワークなどに関する勉強をして、いつしか「私は高専生だから、理系でなければならない」という固定観念が生まれていた。


しかし、技術を調べて取り入れ、目的に応じて合理的に使っていくという「理系」としての姿勢は、私にとっては苦手なものだった。


非合理的な考えが多い私は、ツールを選択したり物事を決定したりする際に、その場その場で決断が異なることが多々あった。


そのため、合理的な考えを持つ人たちと会話するとき、私の決断に対する言及が耳を痛くさせていた。


私はこれまで、どちらかと言うと、非合理的で、一般論と自身の経験とを対応付ける考え方をもつ「文系」としての姿勢をとっていた。


この二つの違いが「文系」と「理系」の違いなのかと聞かれるとそういうわけではないが、少なくとも今の私にとってはそれで十分である。


「私は理系であるのに、合理的な考えが苦手だ。だからダメなやつだ」という固定観念により非合理的な考えが頭痛の原因となっていたのだが、「考え方が文系みたいだね」という言葉によって「理系であろうとする必要はないんだ」と気持ちが楽になった。


この言葉は私に、これまで「理系」の高専生として生きようとしていた自分を認知させた。


私は普段「文系」と「理系」という曖昧な分け方が嫌いなのだが、この言葉は私の心に重く響いたのだ。


私は、一般に「理系」と言われる環境に置かれているだけで、特別「理系」であるわけでない。


これからは、自身の「理系」としての短所に目を向けるよりも「文系」としての長所にメインとして目を向けようと思う。


理想の自分を掲げることは良いことだと思うが、「私はこうであるべきだ」という固定観念に囚われるのは一つの道に縛られてしまっている


「私はこうであるべきだ」という固定観念に囚われていると思ったら、一度一歩引いた場所から自身を眺めてみると良いだろう。


ちなみに、数学と論理は好きです。